分裂勘違い君劇場の別館

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個人も企業も現金を貯め込んだほうが、より多くの人々が幸せになる社会になる

すべての労働者が、5年分の生活費相当の貯金を持っていれば、ブラック企業に勤めている人は今すぐ辞めて、たっぷり時間をかけて転職活動し、ずっとマシな企業に転職できるだろう。
ブラック企業は人手不足で企業活動が縮小して市場シェアを減らし、その分だけホワイト企業はシェアを伸ばし、より多くの社員を雇えるだろう。
社会全体は、より白に近いグレーになるはずだ。

これは企業も同様。
十分な貯金さえあれば、ブラックな顧客を切って、優良顧客だけを相手に商売できるようになる。
ブラックな顧客を相手にする企業はなくなり、ブラックな顧客は、法外な料金を支払わないと、サービスを受けられなくなるだろう。
これによって、ブラックな顧客は減り、社会全体は、より白に近いグレーになる。

つまり、個人も企業も、十分な現金を溜め込めば、
ブラック企業もブラック顧客も淘汰され、
世界はより良いところになるはずだ。

そんなことをすればデフレになるって?
いやいや、必ずしもそうはならないんだ。

企業や個人が現金を貯めこむとデフレになるのは、
貯めこまれた分だけ、市場の通貨供給量が減ってしまうからだ。
だったら、企業や個人が現金を貯めこんだ分だけ日銀が通貨供給量を増やせばいい。
その分だけ日銀がお札を刷って、市場に供給すればいい。
そうすれば、通貨供給量はプラマイ0になり、デフレーションは起きない。

デフレーションは、通貨供給量だけでは決まらないって?
そのとおり。
デフレは単なる通貨供給量だけでは決まらない。
デフレは「デフレ期待」によって引き起こされる。
だから、マッチョで強面の日銀総裁が通貨供給量を増やしまくる姿勢を見せつけて、インフレ期待を煽ればいい。日銀砲の巨大な銃口を突き付けて、

「『デフレになるだろう』と期待して行動すると、あとで心底後悔することになるぞ」

と脅しつけ、震え上がらせればいい。予期せぬタイミングでいきなり日銀砲をぶっ放し、みなをチビらせてやれ。みなをとことんビビらせて骨抜きにして、インフレ側に賭けさせるのだ。

それによって、デフレ期待を相殺すればいい。

日銀が、貯めこまれた現金より多い現金を市場に供給すれば、インフレになる。
日銀総裁が、貯蓄性向の高まりを凌駕するだけのインフレ期待を作り出せば、インフレになる。

「インフレになれば、人も企業もお金を使うようになる」と言っている人がいるが、まずそんなことにはならないだろう。
過去のインフレ率と銀行預金の利率を比べた場合、中長期的には、インフレ率よりも預金の利率が上回っているし、短期的には銀行預金の利率がインフレ率を下回ることもあるが、その間は人々は日本円以外の流動性資産として資産を保有するだけだ。いつでもすぐに現金化できる資産であれば、必ずしも日本円の現金で保有している必要性はないのだから。

結局、インフレになったとしても、「個人も企業も、現金(流動性資産)を貯めこんだ方が得」という状態に変わりはない。

 

いくら日銀が通貨供給量を増やしても、企業も人も金を使わなければ、経済は回らない?

そのとおり。
これに対しては、いくつかの解決策がある。

一つ目。時間が解決する。
たしかに、「現金は貯めれば貯めるほど得」というのは、誰にとっても変わらない。
しかし、「どれだけ得になるか?」、すなわち「貯めることの効用」は、現金を貯めれば貯めるほど、減っていく。効用は逓減する。
一方で、「現金を使うことによる効用」は、現金をいくら貯めても減ってゆかない。
ということは、一定以上現金が貯まれば、「それ以上は、現金を貯めこむより使ったほうが得」という状態に達する。
そうなれば、ごく普通に経済全体の総需要は回復していく。
そして、総需要回復後の経済は、以前の経済よりも、はるかにホワイトで、最大多数の最大幸福を実現する、優しい経済になっているはずだ。

二つ目。外需。
世界には、物が欲しくて欲しくてしょうがない人々が何十億人もいる。
そういう人たちにお金を使ってもらえば良い。
お金をあまり使わないたかだか1億人ちょっとの人口を相手にするよりも、お金を活発に使う数十億人を相手に商売したほうが、よっぽど経済は回る。

3つ目。財政政策。
個人と企業が現金を貯め込めば、その分だけ、政府は財政政策をする余裕が生まれる。
政府が財政政策を行うには、国債の発行を増やさないといけない。
国債が増えすぎると、国は国債の利払いだけで疲弊してしまうことになるが、日銀が国債を買いまくれば、そうはならない。
日銀が保有する国債の利子は、日銀の収入になる。その収入は、そのまま政府のものになる。
もちろん、過剰なインフレになったら、日銀は国債を売却して市場から通貨を回収しなければならなくなる。しかし、そもそも企業と個人が現金を貯めこんだ分だけ国債を買っているのであれば、通貨供給量はバランスし、そもそもそこまで過剰なインフレにはならない。
こうして、企業と個人が現金を貯めこんだ分だけ政府が財政出動しても、巡り巡って、ちゃんとバランスするようになっている。
そして、個人と企業が現金を貯めこんだことによる需要減は、政府の財政出動で相殺され、バランスすることになる。


ほんとうに人々を幸せにする政策をとことん考えぬいて出された思慮深い結論が、「経済を循環させるために、個人や企業に貯金させないようにする」だとは、とうてい思えない。
なぜなら、十分な貯金は、人が健康的で文化的な暮らしをするのに不可欠だし、企業が健康的で文化的な職場を維持するのにも不可欠だからだ。
経済を循環させるために、個人や企業に貯金させないようにすれば、貯金を失った人はブラック企業から抜け出せなくなり、貯金を失った企業はブラック顧客からの注文を断れなくなる。そして、ブラックな生活と職場が社会に蔓延する。
こんな社会を誰が望むというのだろうか?

もちろん、これは難しい問題であり、そう簡単に解決できる問題ではない。
だから、必然的に、この記事で提示されたロジックも穴だらけであり、そんな簡単には解決しない。するわけがない。
ただ、難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する。
「経済を循環させるために、個人や企業に貯金させないようにする」という「簡単な答え」に脊椎反射的に飛びつく前に、もう少し、考えるべきことがあるのではないかと思う。