ふろむだ@分裂勘違い君劇場

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マクロによる業務効率化に失敗する人と成功する人の違い

 

 

「マクロで業務自動化すべき場合と、すべきでない場合の区別をする能力」
を持たない会社は、社員も、管理職も、経営者も、不幸になる。

たとえば、経費精算手続きを自動化するのには、引き継ぎもメンテも困難な素人マクロで自動化するより、クラウドの経費精算パッケージを導入したほうがROIが高い場合も多い。

営業部や経営陣へのデータ分析レポートを作成するルーチン作業は、マクロで自動化する前に、そもそも、業務プロセスの見直しによって、そんな分析レポート自体を廃止できないか、検討すべきだ。
それができないなら、re:dashやtaleauで置き換えられないかを検討すべきだ。
それもできないなら、マクロを作成するのと、エンジニアに頼んで分析レポートを表示する管理ツールを作成するのと、どちらが効率がよいか、検討すべきだ。
それもできないなら、マクロを作成して運用するのと、外部の安い人材にアウトソースして運用するのと、どちらがROIが高いか、検討すべきだ。

これらの検討をせずにマクロを作成するから、業務効率を上げるためのマクロで、逆に業務効率が落ちるという事態が発生する。

もちろん、これらの検討をするコストよりも、マクロを書くコストの方がはるかに低いものについては、さっさとマクロを書いてしまえばいい。

更に言うと、これらの検討をせずにマクロを作成するより、さらに酷い地獄のような職場がある。

それは、単にマクロで業務自動化すべきかどうかの判断能力がないだけでなく、そもそも、マクロで業務を自動化しようという意思も能力も理解もない上司や経営者のマネージメントする職場だ。

そういう会社は、マクロで業務を自動化するべきかどうかを検討する作業や、マクロを書く作業を、重要な作業だとは思わない。
さらにもっと酷い会社になると、それにかかるコストを、会社として負担するつもりがない。
そして、マクロもしくは他の手段で自動化すべきルーチンワークを、延々と社員にやらせて、平然としているのだ。

そういう会社で、10年間、手作業でルーチンワークを続けた社員は、同じ10年間、マクロ等で業務を自動化し続けた社員とは、ほとんど取り返しがつかないほどの差が開く。

「マクロで自動化すべきかどうか?」という判断能力は、一朝一夕で身につくようなものじゃない。
長い時間をかけて、業務とITに関する洞察力を深めていくことで、醸成される。
だから、それをやらずに、漫然と手作業でルーチンワークをし続けた人間は、歩く産業廃棄物になってしまう。

あなたが、こういう産業廃棄物を大量に出すような、ある種の反社会的企業で働いているなら、早急に、まともな会社に転職することを検討した方がいい。

そして、そういうウンコ製造会社が、どうしてできあがるかというと、経営者のせいだ。

基本的には、企業には、マクロに関する以下の能力が必要である。

・「マクロで業務自動化すべき場合と、すべきでない場合の区別をする能力」を持つ管理職を採用or育成する能力

・マクロで業務自動化できる社員を採用or育成する能力。

・上記2つの能力をもった組織を構築・運用する経営能力。

これらの企業能力を醸成していく意思と能力を持った人間を経営陣に入れ、それが欠落した人間を経営陣からフェードアウトさせていくリーダーシップが、社長には求められる。

それができない社長の経営する会社が、歩く産業廃棄物を量産し続けるのだ。

重要なのは、これは、経営者が無能だという意味ではないということだ。
むしろ、経営者が有能だからこそ、非効率なルーチンワークを放置するというハンデを抱えたままでも、会社が倒産せず、社員に給与を払い続けられるのだ。

しかし、そういう会社は、経営者にとっては問題なくても、社員にとっては、自分の未来を蝕む毒会社だ。
そういう会社にルーチンワークをさせられ続けた社員は、将来、職場の人間関係が悪くなろうが、理不尽なパワハラをうけようが、我慢するしかなくなる。
なぜなら、転職市場での人材価値が大きく毀損されてしまうからだ。

会社がクソなのは、経営者の責任だ。
なぜなら、経営者は、社員を選ぶことができるからだ。
経営者さえまともなら、効率の良い業務効率化を行う社員を採用・育成し、業務を効率化していくことができる。

一方で、そんなクソな会社で働いているのは、多くの場合、社員の責任だ。
なぜなら、労働者は、会社を選ぶことができるからだ。
労働者は、自分を産業廃棄物化するようなクソな会社には、早急に見切りをつけ、
ちゃんと自分の人材価値を高めてくれるような会社を探すことが出来る。

つまり、「マクロによる業務効率化に失敗する人」というのは、そもそも会社を選択する時点で、失敗した人なのだ。

もちろん、業務効率化能力という基準だけで、会社を見るわけにはいかない。

業務は非常に非効率なのだが、自分のやりたい、面白い仕事をさせてくれる会社もある。

あるいは、自分の本来の人材価値よりも、多くの給与を払ってくれる会社もある。

だから結局は、総合的判断で決めるしかない。

業務効率化がクソな会社でも、それ以外の面がよい会社なら、
業務効率化については、いまできる範囲程度にして諦めることもまた、重要だ。

そして、業務効率化もクソな上に、それ以外の面もクソな会社でも、
ほかに行く場所がないから、しかたなくそこにいるような人や、
そもそも、仕事なんかになんの熱意も持っていないような人は、
非効率だなーと、なんとなく思いながら、だらだら人生を過ごしているうちに、
気がつくと年を取って、気力も体力もなくなっていると思うけど、
まあ、そういう人は、世の中にたくさんいるし、
それで不幸になるかというと、必ずしもそうじゃないので、
それを受け入れる覚悟さえあれば、
そういう人生も、それはそれとしてありなんじゃないでしょうか。