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分裂勘違い君劇場の別館

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/ の別館です。

リーン・スタートアップ教をめぐる宗教論争

「PayPal創業者のピーターティールがリーン・スタートアップを完全否定した」と言われている。

ティールは単なる一発屋ではなく、その後も投資家としてfacebookなどに出資して成功しているということもあって、これは結構話題になった。

彼の書いた本を確認してみると、たしかに、多くのリーン・スタートアップ教信者の神経を逆なでするようなことが描かれている。

ティールが批判したのは、現在のシリコンバレー起業家にありがちな以下の4つの考え方だ。

(1)少しずつ段階的に前進すること:壮大なビジョンがドットコム・バブルを引き起こした。だから自分に酔ってはいけない。大口をたたく人間は怪しい。世界を変えたいなら謙虚でなければいけない。小さく段階的な歩みだけが安全だ。

(2)無駄なく柔軟であること:ビジネスの先行きは誰にもわからない。だから計画を作って計画通りにやるのは柔軟性に欠ける。試行錯誤を繰り返し、先の見えない実験として起業を扱うべき。

(3)ライバルのものを改良すること:機が熟さないうちに新しい市場を作ろうとしてはだめ。本当に商売になるかどうかを知るには既存顧客のいる市場から始めるしかない。つまり、成功しているライバルの人気商品を改良することから始めるべき。

(4)販売ではなくプロダクトに集中すること:販売のために広告や営業が必要だとしたら、プロダクトに問題がある。テクノロジーは製品開発にこそ活かされるべきで、販売は二の次でいい。バイラルな成長だけが持続可能。

これに対し、ティールは、正しいのはむしろ逆の原則だと主張する。

(1)小さな違いを追いかけるより、大胆に賭けた方がいい

(2)出来の悪い計画でも、ないよりはいい

(3)競争の激しい市場では収益が消失する

(4)販売はプロダクトと同じぐらい大切だ

このうち、(1)「大胆に賭ける」については、投資家ティールのポジショントークが入っているので、鵜呑みするのは危険だ。

起業家が大胆に賭けてくれた方が、ティールのような投資家にとっては都合がいいのだ。

彼自身も認めているが、スタートアップへの投資効果というのはべき乗則に従う。最大の利益を稼ぎだした1つの投資案件は、他のすべての投資案件がもたらした利益の合計よりも多くの利益をもたらすのはよくあることだ。だから、大胆に賭けるような起業家へ投資した方が、投資効果がよいのだ。

起業家の利害はこの逆になりがちだ。

30%の確率で30億円得られるのと、1%の確率で2000億円得られるのとでは、前者のほうがいいという起業家もたくさんいるはずだ。

目標金額が10億円ならば、30億円も2000億円もそんなに大きな違いはないからだ。

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また、(2)については、リーン・スタートアップ教の経典を「無計画に行き当たりばったりにプロジェクトを進める」ということの言い訳にしている起業家がけっこう多い。

リーン・スタートアップ教のオリジナルの経典には、リーン・スタートアップにはリーン・スタートアップなりのマネージメント方法があるのであって、けっしてマネージメントが無いわけではない、と書かれているのだが、それもろくに行わずに、ただ単にルーズになっているケースもけっこう見受けられる。

こういう起業家は論外で、ティールの批判の本質はそこにはない。

じゃあ、「リーン・スタートアップ教のオリジナルの経典どおり、mvpを細かく刻んで、ユーザの反応を計測しながらプロダクトを改良していくというサイクル自体をしっかりマネージメントしてくやり方」をティールが批判しているのかというと、そこも違う。

ディールが批判しているのは、現在のシリコンバレーに漂う、「ビジョンを描き、しっかり計画すること」への不信感だ。それは、リーン・スタートアップ教の経典にも漂っている。

もちろん「独り善がりの誤ったビジョンや、ユーザの反応も見ないうちから独り善がりな計画書を大量に作ること」は、起業家が常に陥りがちな失敗であり、最大限の注意を払ってこれを警戒し続けなければならない。

しかしながら、ドットコムバブルがはじけて以降の起業家たちがやっているのは、「あつものに懲りてなますを吹く」だ。

誤ったビジョンと計画によって大失敗したからという理由で、「ユーザの反応など予想できないのだから、そもそもビジョンや計画の作成に力を入れてもしょうがない。あまり計画を作らずに、ユーザの反応を見ながら作っていくのが正しいのだ」という誤った反省をしてしまっている起業家が多い。

ティールが批判しているのは、この「誤った反省」だ。

失敗したのは「誤った計画を立て、しかも、『ユーザの反応をしっかり見ながらその計画を臨機応変に変更していくというやり方』をしなかったこと」によるにのであって、「計画を建てたことそれ自体」が原因で失敗したわけではない。

ただし、「なぜ、計画すべきなのか?」についてのティールの議論には、根拠が無いし、説得力もない。

それどころか、「ビジョンを描き、しっかりと計画することで成功してきた自分自身を肯定したい」という、成功者にありがちな自己正当化の欲望がそこにはある。

それでもなお、ティールのこの批判には一理あると思う。ティールは、邪な動機と誤った根拠にもとづいて自説を展開するが、それでも、その主張自体は傾聴に値する。

そもそも、根拠が無いというのなら、「ユーザの反応は予想できない」という一部のリーン・スタートアップ信者たちの信仰にだって、根拠はないのだ。

更に言うと、信者たちは「ユーザの反応を見ながら」と言うが、見れないユーザの反応は多い。むしろ、一番肝心な部分が見えないことがとても多い。そもそも、いま、サイトに訪れているユーザの反応は見ることができるが、本当に重要な顧客は、いま、サイトに訪れていないタイプの顧客のことも多い。むしろ、今見えている顧客に合わせてサイトを最適化してしまったら、ますます、本来獲得したい顧客から遠ざかってしまうことだってある。

見えないユーザの反応をどうやって見るか?

それは、統計データ、書籍、ネット、リアルで人の話を聞きに行くなど、さまざまな場所から情報収集し、あとは、それをしっかり自分の中で咀嚼して、予測するという、昔ながらのやり方をするしかない。

それに基づいて、企画書や計画書を作っていくのだ。

この「外部情報収集→分析→計画」のプロセスを軽視する病にかかっている人が、リーン・スタートアップ教信者に、しばしば見受けられる。

この作業は、手間がかかるし、めんどくさい。

そんなことに手間をかけるくらいなら、さっさとプロダクトを作って、ユーザの反応を見た方がいい、という持論を展開する。

しかし、これは、程度とバランスの問題なのだ。

「プロダクトの外部からの情報収集・分析」と、「プロダクトをさっさと作ってユーザの反応を見ること」は、どちらも重要で、どちらを軽視してもよいというものでもない。

また、プロダクトのタイプによっても、ケース・バイ・ケースで、この力配分は変わってくる。

それらの事情をすべてすっ飛ばして、「とにかく、計画するより、ユーザの反応を見よう」というのは、単に頭の悪い人だ。

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また、(3)競争についても、やはりティールの投資家としてのポジショントークが入っている。ライバルの製品の改良から始めるというのは、ローリスクローリターンであり、まったく新しい製品を新規に開発するのは、ハイリスクハイリターンだ。

ライバルの製品がすでに売れているということは、「そこに市場自体がない」というリスクを避ける事ができる。だから、リスクが低いのだ。その代わり、ライバル製品との競合が発生しやすいので、価格競争になり、利益率が低くなる。リターンも低くなる。

一方で、まったく独創的なオリジナルの商品を開発した場合、「そもそも、その商品を使ってくれるユーザがいない」というリスクが生じる。このため、ハイリスクになる。ただし、そこでネットワーク外部性やブランディングの効果により、先行者利益が得られれば、その市場を実質的に独占することができる。リターンは大きい。

そして、投資効果だけでいくと、ローリスクローリターンよりも、ハイリスクハイリターンの方が、高くなりがちだ。なので、投資家としては、オリジナル商品で勝負してもらった方がありがたい。一方で、あまり巨大なリターンなどもらっても意味のない起業家にとっては、ローリスクローリターン型の方が都合がよかったりする。

ただし、ここには、単なる投資家のポジショントークを越えた、ティールの「個人的趣味」がある。かれは、オリジナル商品の創造が、個人的に好きなのだ。独創的なサービスがどんどん開発されていくような世界が好きなのである。

なので、その個人的趣味を正当化するために、「独創的なサービスの開発が世の中を良くするのだ」という理屈を延々とほんの中でこねている。

 

蛇足だが、偶然、私の個人的趣味もティールと一致する。私も、独創的なサービスが次々と生み出されるような世界の方が、個人的に好きである。

もちろん、私の個人的趣味を押し付けるつもりはない。とくに、病的なまでに失敗することが嫌いな起業家が、ローリスクローリターンのやり方をとることを、頭ごなしに否定するつもりはない。ただ、それを見てもワクワクしないだけである。そんなこと、やってて楽しい?と思わないでもないが、口に出したりはしない。

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最後の(4)ブロダクトと販売については、ティールに同意するしかない。

とくに、営業・販売・広報の仕事に対する無理解・偏見・差別意識を持つ起業家は、販売を軽視しがちだ。

実際にプロダクトを作っている自分こそが偉いのであり、それを売っているだけのやつらなど、いくらでも首の挿げ替えの効く使い捨て戦力だ、とまでは言わないが、営業を一段下に見る人達がいる。

もちろん、プロダクトと販売のどちらにどれだけ力を入れるべきかのバランスは、プロダクトの種類によって違う。

本質的にバイラルしやすいプロダクトとバイラルしにくいプロダクトがあり、バイラルしにくいプロダクトの場合、質の良いプロダクトを作れば、自然に売れるようになる、というものではない。

たとえば、美容整形外科のサービスなんて、口コミでは広がらない。むしろ、整形で美人になったことなんて、できれば隠したいぐらいであって、「あそこの整形外科はよかったわー」なんて、積極的に言いふらす人はいない。

そういうプロダクトでは、はじめから、がっつり集客費を予算計画に組み込んで、販売戦略を立てなければならない。

また、口コミで広がるタイプの商品だったとしても、ネットワーク外部性が強く働く商品の場合、クリティカルマスを突破するまでは、がっつり集客費を注ぎ込んだ方がいいケースも多い。どんなに優れたプロダクトであっても、最初のうちは、ネットワーク外部性が逆に働いてしまうので、いつまでたってもクリティカルマスを突破できず、鳴かず飛ばずのまま終わってしまうこともあるからだ。

これらの、販売の重要性を深く吟味することもなく、「販売よりもプロダクト」とやってしまうのは、単に思考停止のイデオロギーでしかない。

そして、人間というのは、自分を肯定してくれるイデオロギーが正しいと思い込みたがる生き物なのだ。この誘惑に負けると、待ち受けているのは、無残な失敗という、これ以上ない、自分自身の否定の運命なのだが。

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まとめると、ティールの主張にはポジショントーク、自己正当化、個人的趣味などが含まれているので、そこは話半分に聞いておいたほうがいい。

しかし、十分に傾聴に値するどころか、リーン・スタートアップ信者が陥りがちな落とし穴についての鋭い洞察も含まれているので、彼の本は、読むだけの価値があると思う。

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

リーン・スタートアップ