分裂勘違い君劇場の別館

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/ の別館です。

意外と知られてない、おっさんでも頭のキレと集中力が一日中続くようにする方法

「年をとって、頭のキレと集中力が続かなくなってきた」と言う人は、集中力の投資戦略を間違えていることが多い。

一番まずいのは、なけなしの集中力を、仕事や勉強に使い果たしてしまうことだ。

仕事や勉強で集中力を使い果たしてしまうから、「集中力を上げること」に投資すべき集中力が残っていない。

これでは、集中力は、経年劣化で低下していくばかりだ。

これを避けるためには、手持ちの集中力を「集中力を上げること」に最優先に投資するようにする。


もちろん、ただ漫然と、運動、瞑想、睡眠、野菜をやっても、集中力は上がらない。

重要なのは、「具体的には、どうすれば集中力が上がるか?」だ。

 

おっさんは眠りの質が悪い
もちろん、頭のキレと集中力を上げるのに、一番投資効果が高いのは、「睡眠の質と量を上げる」ことだとは分かっているが、
話はそんなに簡単ではない。

 

なぜなら、おっさんになってくると、「深く長く眠る能力」がどんどん低下してくるからだ。

「深く長く眠る能力」を上げるのに、試す価値があることの一つは、朝、ハードな運動することだ。
息が切れるほどの運動だ。

 

もちろん、人間の運動能力は、午後の方が高くなっているので、午後の方が、楽にハードな運動ができる。
しかし、目的が「睡眠の質と量の向上」であるなら、今までの研究では、運動に最適な時間帯は、朝だという結果が出ている。
詳しく知りたい人は、「morning exercise sleep」で検索してみよう。

 

ここで一番重要なのは、いきなり「運動をすること」に集中力を使ってはいけないということだ。
そうではなく、「運動習慣を定着させること」に集中力を使うほうが優先順位が高い。
「根性で運動を続ける」なんて、論外だ。
人並み外れて根性のある人を除き、だいたい挫折する。

運動習慣を定着させるためには、挫折要因を取り除くことを、最優先でやらなければならない。

最大の挫折要因は、なんといっても、「時間がない」というものだろう。
この問題を解決するため、単位時間あたりの運動量を最大化する戦略をとる。

つまり、短い時間で、めっちゃハードな運動をするのだ。
たとえ、一日20分しか時間がとれなくても、すごくハードな運動なら、たった20分でも、すごい運動量になる。

できればランニングがいいが、おっさんになってくると、膝や足首の関節がだんだんダメになってきて、ハードなランニングが困難な人もいる。
その場合、速歩をする。出来る限り大きく手を振り、大股で、出来る限り速く歩く。

自転車は微妙だ。
自転車で息が切れるほどこぐと、スピードが出過ぎて危険だからだ。

泳ぐのも、微妙だ。
そんな早朝から開いているジムは少ないし、着替えと往復に時間を取られるので、
単位時間あたりの運動量が少なく、時間の投資効果が悪い。

 

次に大きな挫折要因は、「なんとなくめんどくさくなって、やめてしまう」だ。
この挫折要因を取り除くのに一番効果があるのは、朝起きたら、一切、何もせずに、いきなり運動するようにすることだ。
布団もたたまず、顔も洗わず、飯も食わず、
運動着に着替え、トイレに行ったら、すぐに運動を始める。
とりあえず運動してしまってから、それ以外のことを考えるのだ。

※ もちろん、寝起きでいきなり運動すると、血圧が急上昇するリスクがあるので、血圧の問題がある人は、医師と相談してください。


その次に大きな挫折要因は、心肺機能が低いことだ。

平たく言うと、「そんな激しい運動、息が切れちゃって、30分も続かねーよ!」ってことだ。
その場合、当面の目標を、「運動すること」ではなく、「心肺機能を高めること」にする。
最初は、3分でも5分でもいいので、とにかく、少しずつでも、心肺機能を上げていけばいい。
そして、心肺機能を高めるのが目的なら、何も朝に運動する必要はない。
まずは、どんな時間帯でもいいので、とにかく、こまめに時間を作って、心肺機能を高める運動をするようにする。
そして、十分に心肺機能が高まったら、そのときに、朝、運動するようにすればいいのだ。
また、心肺機能を高められるのなら、どんな種類の運動でもいい。
休日の水泳でも、エアロバイクでも、かまわない。
それで心肺機能が十分に高まったら、その後、毎朝のジョギングなり速歩なりにすればいい。

 

 運動そのものの効果

それから、もう一つのポイントは、睡眠の質や量とは関係なく、単にハードな運動そのものに、集中力を上げる効果がある、ということ。
ハードな運動をすると、ミトコンドリアが増える。
糖や脂肪をエネルギーに変えるのはミトコンドリアなので、ミトコンドリアが増えれば、それだけエネルギー生産力が高まり、集中力も上がる、という理屈だ。
詳しく知りたい人は「mitochondria exercise」で検索してみよう。

ただ、一般に「interval training」がいいとされているが、
実際には、おっさんがそれをやろうとすると、挫折することが多い。

もちろん、全力ダッシュができる人なら「30秒の全力ダッシュと1分30秒のゆるいランニング」のセットを7セットもやれば、それでかなりの運動量になる。

しかし、関節があまり強くなく、速歩しかできないような人の場合、「30秒の全力速歩+1分30秒のウォーキング」のセットだと、15セットやっても、運動量が足りない。
しかし、現役でばりばり働かなきゃならないおっさんには、それ以上の時間をかけるのは無理だ。

つまり、interval trainingだと、単位時間あたりの運動量が少なすぎるのだ。
時間効率が悪すぎる。
速歩しかできない人は、全力の全力の速歩を20~30分、さくっとやるのが、一番、無理がない。

この時重要なのは、「決して、痩せようとしてはいけない」ということだ。
ダイエットには、比較的長時間の有酸素運動が効果的かもしれないが、忙しいおっさんは、長時間の運動をやってるヒマなんかない。
無理にやろうとすると、「時間がないこと」が原因で挫折する。
だから、ダイエットはきっぱり諦めて、純粋に、「集中力を上げるためだけの運動」に徹しよう。

ちなみに、「長時間のハードな運動」は、健康に悪いらしい。忙しいおっさんには、そんな時間も体力もないので、関係ない話だろうが。

 

ほとんどの人が瞑想に挫折する理由
集中力を高めるために、もう一つの効果的な方法は、やはり、瞑想だ。

ここで重要なのは、
「いきなり瞑想すると、たいてい失敗する」
ということだ。

なぜかというと、「瞑想する能力」が低いからだ。
瞑想する能力が低い人がいきなり瞑想しようとするから、失敗する。

だから、まずは、「瞑想すること」ではなく、「瞑想能力を身につける」ことを目標とする。


瞑想の最大の挫折要因は、「瞑想をやる気力がない」というものだ。

そもそも、瞑想能力の低い人間が瞑想を行うには、多大のエネルギーがいる。
にもかかわらず、仕事や勉強で気力を使い果たして、帰宅してから、瞑想しようとするから、挫折するのだ。

疲れていても瞑想できるのは、既に瞑想能力を獲得した人間だけだ。
初心者が真似しても、うまくいくわけがない。

初心者は、まず、気力体力の充実した、最良の時間を使って、瞑想スキルを獲得する戦略でいかなければいけない。

一般に、最高に集中力が高まる時間は、起床後、1時間後~4時間後ぐらいの間だ。
まずは、この、「最良の時間」を使って、「瞑想能力の獲得」を行う。

一般的には、休日の朝がいいだろう。


次に挫折要因になりやすいのが、
「瞑想状態の具体的イメージが、いまいちピンとこない」
というものだ。

この解決策は、
「自分がピンとくる瞑想状態を記述した文章を作る」
というものだ。

瞑想よりも先に、瞑想能力の獲得を、
瞑想能力の獲得よりも先に、瞑想状態の記述文章の作成をするのが、
優先順位が高い。

まずは、この文章を開発&チューニングすることに、全エネルギーを集中させる。

この文章は、長文ではだめだ。

箇条書きがいい。

なぜなら、この文章を読みながら、瞑想練習を行うからだ。

ぱっと見て、すぐに頭に入ってこないような文章でないと、だめなのだ。

この文章を作成する。
→ その通りに瞑想してみる。
→ イマイチな部分を見つけて、改良する。また、瞑想の習熟度が上がったら、それに合わせて、変化させる。
→ また、それを読んで、瞑想に入る。

現時点の私の瞑想状態記述文書は、以下のようになる。

=======================
●ココロとカラダを静かにして、自分の中に何が起きているのか、ありのままを観察し続ける。

●意図的に、今の瞬間に、評価や判断と無縁の形で、注意を払う。

●「今、ここ」に100%心を向ける。

●心を込めて、なにもしない。

●呼吸に意識を集中する。

●注意がそれたら、それをそっと戻す。

●存在することを喜ぶ。

●あるがままでいる。

●脳は、バランス良く活性化している。

●唇を閉じ、歯を噛まず、舌先を前歯のすぐ後ろの口蓋につける。
=======================


その次に大きな挫折要因は、「失敗体験の蓄積」だ。
初心者が瞑想すると、まず続かない。
具体的には、すぐに他事を考えてしまう。
いわゆる、マインドワンダリングと呼ばれるものだ。

何度瞑想しようとしても、すぐにマインドワンダリングしてしまうので、
嫌になって、瞑想をしたくなくなってしまうのだ。

誰だって、テストで赤点を取り続ければ、勉強が嫌いになる。

そして、勉強が嫌いになれば、落ちこぼれてしまう。


これに対する対策は、
逆に、マインドワンダリングをチャンスだと考えることだ。

実は、マインドワンダリングをしてしまうこと自体は、「赤点をとること」ではないのだ。
むしろ、「得点をゲットするチャンス」なのだ。

瞑想能力をアップさせる最大の近道は、

(1)他事を考えてしまっている時、「他事を考えてしまっている自分」に気がつくという「作業」を繰り返すこと。
(2)「他事を考えてしまっている自分」に気がついたとき、「今、ここ」に100%心を向けなおす「作業」を繰り返すこと。

の2つだ。

この2つを行うには、マインドワンダリングは、とても役に立つ。

だから、どんどんマインドワンダリングしても構わない。
そして、そのたびに、「自分がマインドワンダリングしていること」に気付こう。
そして、「意識を100%、今、ここに戻す」という作業を行おう。

そのたびに、あなたの「得点」は増えていくのだ。


さらに別の挫折要因として、
初心者は、音や光のノイズのせいで、集中できない、
という場合がある。

その場合、耳栓とアイマスクを使って瞑想する。
もちろん、これは、あくまで、瞑想能力を獲得するまでの間の、補助輪だ。
最終的には、耳栓もアイマスクもなしで瞑想できるようにする。


また、瞑想の教科書には、座禅を組めと書いてあることが多いが、
あれも、挫折の原因になりやすい。

座禅の体勢が苦手な人は、椅子に座ってやるのがいい。
家に椅子がない人は、楽に座禅するための、座禅用クッションを買う。


そうして、瞑想能力を獲得できたら、
瞑想自体は、寝る前にやるのがいい。
なぜかというと、寝る前に仕事をやると、脳が興奮して、睡眠の質が悪くなるからだ。
仕事でなくても、寝る前にネットをやると、睡眠の質が悪くなる。
面白い本やマンガを読んでも、睡眠の質が悪くなる。

理想的には、寝る2時間前から、脳を興奮させないようにしなければならない。
しかし、忙しいおっさんが、毎日、2時間も、仕事も趣味も遊びもやらず、無駄な時間を過ごすなんてことは、とうてい無理だ。
なので、寝る前の1~2時間は、入浴と瞑想の時間にする。

そして、瞑想能力がさらに上がってくると、いつでもどこでも瞑想できるようになる。
電車の中でも、歩いていても、瞑想できる。

ただし、仕事や家庭でトラブっているときにも、心の平穏を保てるレベルになるには、さらにもっと修行が必要になるとのことだ。
残念ながら、私はまだそのレベルに達していないので、それについては、なんとも分からない。

 

糖質をエネルギーに変える能力が低下している人
あと、これは人によるが、健康診断で血糖値が高めな人の場合、糖代謝能力の低下で、集中力が続かなくなっている可能性がある。
平たく言うと、「脳が糖をエネルギーとして利用する能力」が落ちて、脳がエネルギー不足になっているかもしれない、ということだ。
アルツハイマー病の人はこの状態になってる( http://www.nisshin-mct.com/contents/page198.html )のだが、脳の糖代謝能力の低下自体は、アルツハイマー病に限った話じゃない可能性があると思う。

そういう人は、試しに、メインのエネルギー源を脂肪に切り替えてみると、頭のキレと集中力が上がるかもしれない。
少なくとも、私は、これで劇的に集中力が高まった。
この時、超超超重要なのは、「決して、痩せようとしてはいけない」ということ。
単に糖質を抜くと、カロリー不足になり、それがエネルギー不足を招き、逆に、集中力の低下を招く。
(私の場合、シャレにならないほど、集中力が低下した)
むしろ、少し太るぐらいのつもりで、脂質をガンガン摂取するのがコツだ。

しかし、それでもなお、糖質を減らすと集中力が低下する人はいる。
細胞の脂質代謝能が上がるまでに、タイムラグがあるからだ。
「糖質は入ってこないし、脂質をエネルギーにする能力は、まだ低いまま」という状態で、脳がエネルギー不足になってしまうのだ。
そういう人は、MCTを摂取する。
MCTは、ものすごくエネルギーに変わりやすい油で、長年、医療機関で、栄養補給が必要な患者などが摂取してきた実績がある。
私の場合、糖質を抜いて、MCTを摂取したら、めちゃめちゃ集中力が上がった。

ただ、MCTを一度に摂取できる量には限界がある。
個人差があるが、一度に7g以上摂取するとお腹を壊してしまう人もいれば、一度に20g摂取しても、たいした問題の起きない人もいるようだ。
私の場合、一度に15g摂取すると、多少喉が痛くなるが、それほど深刻な問題は出ない。

もう一つの疑問は、そんなに脂質を大量摂取したら、健康に悪いのではないか? ということだ。
しかし、興味深いことに、糖質:脂質:タンパク質の摂取比率は、どれが最適なのかは、シンプルではっきりしたエビデンスがない。
個々人の遺伝子によって違うかもしれないし、摂取するタンパク質と脂質の種類にもよるかもしれない。
(実際、動物性蛋白質の摂取が多いと死亡リスクは高まるが、植物性蛋白質だと高まらない、という研究がある。
脂質も、不飽和脂肪酸はオメガ3、オメガ6、オメガ9で、それぞれ生理作用が違うし、飽和脂肪酸は、分子の長さによって生理作用が異なる)
若者と中年と老人で違うかもしれないし、デスクワーカーと肉体労働者でも違うかもしれない。
(50~65歳では、高タンパク質摂取は死亡リスクが高まるが、65歳以上だと、逆に低くなる)
糖代謝能が高い人と低い人でも違うかもしれない。
腎臓の能力によっても違うかもしれない。
短期的な効果と、中長期的な効果も違うかもしれない。

それと、気になるのが、「脳のエネルギーのどのくらいの割合を、脂質で賄えるのか?」だが、これについても、万人に共通して適用できる、シンプルではっきりしたエビデンスはない。絶食時だと脳のエネルギーの65%くらいが脂質で駆動しているらしいが、そもそも、絶食時の状態を、平常時に適用していいものかどうか、微妙だ。

 

結局、各人が、自分で試してみるしかない。
(試しても中長期的な正解は分からないが、当面のQOLは分かる)

私の場合、脂質メインに切り替えて、
明らかにカロリー摂取量は増えたが、内臓脂肪、体脂肪率、体重が減り、筋肉量は増えた。
気分はずっとよくなったし、集中力もずっと上がった。

カロリー摂取量が増えているのに体重が減った理由は、はっきり言って、よく分からない。
無意識のうちに日常の運動量が増えているのかもしれないし、代謝が上がっているのかもしれない。

もちろん、これも、単に、根性論で、糖質を減らして脂質を増やしても、挫折するだけだ。
さまざまな挫折要因があるからだ。
その挫折要因を、高い解像度で捉え、一つ一つ潰していくことの方が、はるかに優先順位が高い。

たとえば、「食べたいものが食べられず、欲求不満になる」という挫折要因は、とても大きい。
これに関しては、私の場合、食事の満足度を上げることで、プラマイゼロにする戦略を取った。
つまり、今までは、太り過ぎないように腹八分目にしていたのだが、カロリーを気にせず、高カロリーのものを、お腹いっぱい、好きなだけ食べるようにしたのだ。
私の場合、とくに、ピスタチオ、アーモンド、ピーナッツが大好きなのだが、それらを大量購入して、食後のおやつに、好きなだけ食べるようにした。
また、肉も魚も豆腐も大好きなので、それらを、好きなだけ、腹いっぱい食べるようにした。
もちろん、肉野菜炒めなども、超大盛りにして、腹いっぱい食べる。
毎食、好きなものを腹いっぱい食べられるというのは、おっさんにとっては、なかなかの贅沢だ。
これによって、糖質を摂取できなくなって低下した分のQOLを補った。

 

頭を良くする系サプリは?

他にもいろいろあるけど、なんだか書くのめんどくさくなったので、 最後に、頭を良くする系のサプリのことだけちょろっと書いて、終わりにする。

 

頭を良くする系のサプリは、いろんなものを試してみた。短期的に効くものはたくさんあったが、中長期で服用すると、どれも効かなくなった。最初のうちは、ときどき間を空ければまた効くようになったが、今では、間を空けようがなにしようが、まったく効かない。それどころか、ひどい副作用が出るようになった。ので、今では、一切服用していない。

マクロによる業務効率化に失敗する人と成功する人の違い

「マクロで業務自動化すべき場合と、すべきでない場合の区別をする能力」
を持たない会社は、社員も、管理職も、経営者も、不幸になる。

たとえば、経費精算手続きを自動化するのには、引き継ぎもメンテも困難な素人マクロで自動化するより、クラウドの経費精算パッケージを導入したほうがROIが高い場合も多い。

営業部や経営陣へのデータ分析レポートを作成するルーチン作業は、マクロで自動化する前に、そもそも、業務プロセスの見直しによって、そんな分析レポート自体を廃止できないか、検討すべきだ。
それができないなら、re:dashやtaleauで置き換えられないかを検討すべきだ。
それもできないなら、マクロを作成するのと、エンジニアに頼んで分析レポートを表示する管理ツールを作成するのと、どちらが効率がよいか、検討すべきだ。
それもできないなら、マクロを作成して運用するのと、外部の安い人材にアウトソースして運用するのと、どちらがROIが高いか、検討すべきだ。

これらの検討をせずにマクロを作成するから、業務効率を上げるためのマクロで、逆に業務効率が落ちるという事態が発生する。

もちろん、これらの検討をするコストよりも、マクロを書くコストの方がはるかに低いものについては、さっさとマクロを書いてしまえばいい。

更に言うと、これらの検討をせずにマクロを作成するより、さらに酷い地獄のような職場がある。

それは、単にマクロで業務自動化すべきかどうかの判断能力がないだけでなく、そもそも、マクロで業務を自動化しようという意思も能力も理解もない上司や経営者のマネージメントする職場だ。

そういう会社は、マクロで業務を自動化するべきかどうかを検討する作業や、マクロを書く作業を、重要な作業だとは思わない。
さらにもっと酷い会社になると、それにかかるコストを、会社として負担するつもりがない。
そして、マクロもしくは他の手段で自動化すべきルーチンワークを、延々と社員にやらせて、平然としているのだ。

そういう会社で、10年間、手作業でルーチンワークを続けた社員は、同じ10年間、マクロ等で業務を自動化し続けた社員とは、ほとんど取り返しがつかないほどの差が開く。

「マクロで自動化すべきかどうか?」という判断能力は、一朝一夕で身につくようなものじゃない。
長い時間をかけて、業務とITに関する洞察力を深めていくことで、醸成される。
だから、それをやらずに、漫然と手作業でルーチンワークをし続けた人間は、歩く産業廃棄物になってしまう。

あなたが、こういう産業廃棄物を大量に出すような、ある種の反社会的企業で働いているなら、早急に、まともな会社に転職することを検討した方がいい。

そして、そういうウンコ製造会社が、どうしてできあがるかというと、経営者のせいだ。

基本的には、企業には、マクロに関する以下の能力が必要である。

・「マクロで業務自動化すべき場合と、すべきでない場合の区別をする能力」を持つ管理職を採用or育成する能力

・マクロで業務自動化できる社員を採用or育成する能力。

・上記2つの能力をもった組織を構築・運用する経営能力。

これらの企業能力を醸成していく意思と能力を持った人間を経営陣に入れ、それが欠落した人間を経営陣からフェードアウトさせていくリーダーシップが、社長には求められる。

それができない社長の経営する会社が、歩く産業廃棄物を量産し続けるのだ。

重要なのは、これは、経営者が無能だという意味ではないということだ。
むしろ、経営者が有能だからこそ、非効率なルーチンワークを放置するというハンデを抱えたままでも、会社が倒産せず、社員に給与を払い続けられるのだ。

しかし、そういう会社は、経営者にとっては問題なくても、社員にとっては、自分の未来を蝕む毒会社だ。
そういう会社にルーチンワークをさせられ続けた社員は、将来、職場の人間関係が悪くなろうが、理不尽なパワハラをうけようが、我慢するしかなくなる。
なぜなら、転職市場での人材価値が大きく毀損されてしまうからだ。

会社がクソなのは、経営者の責任だ。
なぜなら、経営者は、社員を選ぶことができるからだ。
経営者さえまともなら、効率の良い業務効率化を行う社員を採用・育成し、業務を効率化していくことができる。

一方で、そんなクソな会社で働いているのは、多くの場合、社員の責任だ。
なぜなら、労働者は、会社を選ぶことができるからだ。
労働者は、自分を産業廃棄物化するようなクソな会社には、早急に見切りをつけ、
ちゃんと自分の人材価値を高めてくれるような会社を探すことが出来る。

つまり、「マクロによる業務効率化に失敗する人」というのは、そもそも会社を選択する時点で、失敗した人なのだ。

もちろん、業務効率化能力という基準だけで、会社を見るわけにはいかない。

業務は非常に非効率なのだが、自分のやりたい、面白い仕事をさせてくれる会社もある。

あるいは、自分の本来の人材価値よりも、多くの給与を払ってくれる会社もある。

だから結局は、総合的判断で決めるしかない。

業務効率化がクソな会社でも、それ以外の面がよい会社なら、
業務効率化については、いまできる範囲程度にして諦めることもまた、重要だ。

そして、業務効率化もクソな上に、それ以外の面もクソな会社でも、
ほかに行く場所がないから、しかたなくそこにいるような人や、
そもそも、仕事なんかになんの熱意も持っていないような人は、
非効率だなーと、なんとなく思いながら、だらだら人生を過ごしているうちに、
気がつくと年を取って、気力も体力もなくなっていると思うけど、
まあ、そういう人は、世の中にたくさんいるし、
それで不幸になるかというと、必ずしもそうじゃないので、
それを受け入れる覚悟さえあれば、
そういう人生も、それはそれとしてありなんじゃないでしょうか。

ぐいぐい引き込まれるWeb漫画/小説をつくる5つのコツ

もちろん、物語の作り方には、いろんなやり方がありますし、面白さには、いろんな種類の面白さがあると思います。

なので、ここで書くのは、私の、ごくごく個人的な意見にすぎません。


(1)無名作者のWeb漫画/小説の場合、冒頭から読者を引き込まなければならない


有名な作者の作品や、賞を取った作品は、話が面白くなるまでに、比較的長いページ数を費やすことが許されます。

しかし、無名作者の無名な作品の場合、前置きが長いと、話が面白くなる前に、読者は離脱してしまうと思います。

とくに無料のWeb漫画やWeb小説の場合、そうなりがちです。

我慢して退屈なものを読み続ける義理も動機も、読者にはないからです。

なので、無名作者のWeb漫画やWeb小説では、冒頭から、いきなりぐいぐい引き込まれて、目が離せなくなって、一気に読み進めちゃうようなストーリー展開にした方がいいかと思います。

そして、それはそんなに難しいことじゃないと思います。

もちろん、オリジナルなのをつくるのがいいと思いますが、
どうしてもオリジナルなのが思い浮かばない場合、
使い古されたテンプレでも、十分に機能すると思います。

たとえば、こんなのはどうでしょう?

『ダメな父親だ』と娘に思われている男がいる。
その父親は、娘を喜ばせようと一生懸命なんだけど、不器用なので、なかなかうまくいかない。
その娘が、父親の目の前で、吐き気を催すほどゲスい男たちに拉致された。
その父親は、娘を助けるために、ものすごく無理に無理を重ねて、ボロボロになりながらも、死に物狂いで、追跡したり戦ったりする。

これは、「娘」のところを、妻、恋人、幼馴染、クラスメート、異性or同性の友だち、などにしても同じです。

これって、どうしょうもなく使い古されたテンプレではありますが、
物語の冒頭で、ほんのわずかなページ数で、読者を引き込むことができる、
王道のテンプレだと思います。

そんな使い古されたもので、読者は引き込まれるのか?
というと、引き込まれると思います。

テンプレは同じでも、表現の仕方を変えれば、それぞれ全然別物に見えますから。

こういう「読者を引き込むテンプレ」は、ほかにもいろいろあります。
たとえば、「酷いマイナスの状態にある人間が、チートして人生をやり直す」
ってのもやはり、最小のページ数で、読者を引き込むことができるテンプレだと思います。

たとえば、「ひきこもりニートが異世界に転生する」とか
「ダメな底辺ヤクザが、タイムスリップして、若いけど経験豊かなヤクザとしてやり直す」
なんてのも、そのバリエーションの一つだと思います。

もちろん、別にテンプレでなくても、自分でオリジナルのパターンを作ってもいいと思います。

いずれにしても、「冒頭の、最小のページ数で、一気に読者を引き込む」というのを、冒頭に持ってくるのが、Web漫画orWeb小説の作法みたいなもんだと思います。

これは、WebUIの設計における、LPOと同じ理屈です。
「最終話まで呼んでもらえる」というのを「コンバージョン」と考えて、コンバージョンレートをどこまであげられるか?
という風に作るのがいいかと思います。

 


(2)読者が感情移入しやすいリアルな邪悪さor理不尽さを描く

敵の邪悪さ(or世界の理不尽さ)がうまく表現されていないと、読者は感情移入しにくいと思います。

「なんだかわからないけど、とにかく敵は邪悪なんだ」だと、
読者が感情移入しにくいと思います。

これも、オリジナルなものを作れればそれにこしたことはないですが、
使い古されたテンプレでも、十分に機能すると思います。

たとえば、「弱者がいじめられている」というテンプレは、
感情移入しやすい邪悪さのパターンだと思います。

弱者(貧乏人/底辺/ブサイク/凡庸/子供/老人/奴隷/子犬/障害者/病人)が、鼻持ちならない強者(金持ち/上流階級/体格のいい男/才能あふれる人/イケメン/美人)に、ネチネチといじめられていれば、感情移入しやすくなります。

他にも、裏切りとか、差別とか、濡れ衣を着せるとか、読者がリアルに感じられる邪悪さや理不尽のテンプレはいろいろあります。

もちろん、テンプレじゃなくて、オリジナルで作り出してもいいですけど。

ポイントは、「読者が、身近でリアルに感じられる邪悪さor理不尽さ」を、丁寧に表現することだと思います。

 


(3)ROIを上げる

読者が、最小の読書コスト(Investment)で、最大の快楽(Return)を得られるようにする。

そのために、ROIの低い文言、絵、コマを、どんどん間引いていく。

ROIが低いもののうち、省略できるところは、徹底的に省略しまくる。

逆にROIが高い表現を、どんどん挿入して膨らましていく。

これ、ネームだとやりにくいかもなので、
一旦文章でプロットを書いて、その文章ベースでROIを最大にしてから、
ネームに落とすのがいいんですかね。

 

 

(4)読者に投資をさせない

設定や背景を説明しないと、話が分からないですよね。
だからといって、説明的な絵や文章を入れると、読者は退屈してしまい、そこで離脱すると思います。

説明的な絵や文章というのは、ROIが低すぎるからです。

なので、「ROIが高い話なんだけど、それが同時に、設定の説明にもなっている」という絵や文章によって、説明をしていきます。
つまり、読者がすげーワクワク面白く読むんだけど、読み終わったら、世界設定が頭に入っているので、その設定を使って、次の物語展開ができる、という作りにする。

これは、物語の中で「説明」をするための、基本原則だと思います。

 

 

(5)面白くなると期待させておいて、それ以上に面白くする方向で裏切らなければならない

もちろん、どんでん返しがないと、話は面白くなりません。

しかし、だからといって、
「ありきたりな話だと思わせておいて、ものすごい超展開になる」
という作りにしてしまうと、
そもそも読んでもらえません。

なぜなら、とくにWeb漫画やWeb小説の場合、「ありきたりな話だろう」と読者が思ってしまうと、そもそも、読者は離脱してしまうからです。

なので、まず、「面白い展開」を読者に予測させないといけません。

一方で、面白い展開を読者に予期させておいて、その展開にならないと、詐欺です。
俺は、こういう面白い展開を期待していたから読んだのに、全然そうならないじゃないか!
俺の時間を返せ!
というわけです。

なので、必ず、次のように、物語を作らないといけません。

(1)ターゲット読者にとって「ぜひ読みたい」と思わせる展開をつくる。
(2)その展開を面白いと思うようなタイプの読者が、それよりもっと面白いと思うような別の展開をつくる。

そして、物語の最初の方で、(1)だと読者に思わせて、読者をぐいぐい引き込んだ上で、途中から突然(2)の展開をして、どんでん返しをします。

  

 

■あとがき:


 

全てをベストにはできない

上記5つの点を、完全に満たすように作ろうとすると、なかなか作品ができあがらないと思います(天才とか本職とかは別)。そして、そんなに完全に満たさなくても、けっこう面白い作品になるのではないかと思います。

なので、上記の5つの点のうち、いくつかがそこそこできたら、それで見切り発車でいいのではないかと思います。

 

 

「アニメのどこが面白いのか分からない」というおっさんが見ても面白いアニメ18本

「夕方の時間帯とかにやってる子供向けアニメを見ても、子供だましで面白くない」
「深夜アニメを勧められて見たけど、何が面白いのかわからなかった」

こうことを言うおっさんがときどきいます。

でもね、そこで「アニメは面白くない」と思い込んでしまうのは、人生の損失かもしれんですよ。

というわけで、そういうおっさんでも楽しめそうなアニメをピックアップしてみたよ!

 


僕だけがいない街
「僕だけがいない街」の画像検索結果

極上のサスペンスもの。まったくもって、子供だましではない。
むしろ、展開が高度すぎて、子供だとついていけなくなるんじゃないかと心配になるほど。
主人公の年齢がおっさんに近く、おっさんあるあるの悩みを抱えていたりして、おっさんでも感情移入しやすい。
おっさんのノスタルジーを刺激してくるシーンが多いのも、おっさんが感情移入しやすいポイントだろう。
子供も、親も、キャラがいちいち魅力的。シチュエーションも魅力的。
おっさんの嫌いな、不自然さや陳腐さがほとんどない。
絵も味があっていい。声優もいい。エンディングの歌とかも、すげーぐっとくる。
原作の漫画も面白いが、アニメも素晴らしい出来。

 


あの花の名前を僕達はまだ知らない
「あの花の名前を僕達はまだ知らない」の画像検索結果

ヒューマンドラマ。
おっさんでも、めっちゃ泣ける。心の襞にどんどん食い込んでくる。涙ぼろぼろ出て来る。
時間的な立体性があり、時間の流れや、人生の切なさ、やりきれなさ、すばらしさを描いているあたりが、おっさんウケしやすいポイントか。
これもエンディング曲がすばらしい。聞くたびに泣ける。

 

 


夜明け告げるルーのうた
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さっき映画館で見てきた。めっちゃ感動して、涙がたくさんでた。
海辺の田舎町を舞台にした寓話っぽい、コメディータッチのヒューマンドラマなんだけど、まるで何百万円もするペルシャ絨毯のように、たくさんの登場人物のさまざまな希望と絶望と思い込みと愚かさと美しさを何重にも織り上げて、切なくも重厚な物語に仕上がっている。
世界に誇れる日本のアニメと言っていいと思う。

 

 


響け!ユーフォニアム
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吹奏楽部が全国大会を目指す、という単なる部活ものなんだが、人生のリアリティを、残酷なほど深く切り込んでくる。
天才と凡人、報われる努力と報われない努力、ポジションを奪い合う戦い、成功と挫折、憧れと嫉妬と友情、去る者と残る者、現実、それら諸々を乗り越えての、感動のチームワーク!
これ、学校が舞台なんだけど、舞台を会社に、登場人物を全部おっさんに、目標をビジネスプロジェクトの成功に置き換えても、まるっきり話が成立してしまう。
そこには、おっさんたちの生きる過酷な社会と人生のドラマが凝縮されている。

 


聲の形
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一見、聴覚障害者の話かと思いきや、もっとずっと普遍的で奥深い、「人と人との関わりの形」?みたなものを描いている。
女の子たちがすごい可愛く描かれているが、話が強烈過ぎて、萌えている余裕が無いほど。
人間たちのどうしょうもなさを突き抜けて到達したラストは、すばらしい爽快さ!
丸一日、真夏の炎天下で肉体労働した後に飲む水が、とんでもなく旨い、みたいな効果もあるか。

 


この世界の片隅に

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まだこの作品がほとんど話題になっていなかったころに見てめっちゃ感動して、友人知人にその素晴らしさを語りまくっていたんだけど、その後、世間で騒がれ始め、すっかりメジャーになってしまった。
まー、私が語るまでもなく、これがオトナが見て面白い作品であることに異論のある人は、ほとんどいないと思う。

 


魔法少女まどか☆マギカ
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三話の終わりまでは、見るのが苦痛だった。なんだか退屈な女児向けアニメというか、アニメオタクの人とか、こんなのが面白いんだろうか。オレにはわからん。そう思って我慢してみていた。
ところが、三話の終わりで、「え?そういう話だったの?」みたいな展開になり、目が覚める。
そこからは、雪崩を打つように、怒涛の面白さが押し寄せてくる。
話の展開も面白いのだけど、グラフィックや音楽も実に素晴らしい。とくに魔女の描き方が、ほんとに目に楽しい。「魔女」という言葉から普通の人間が連想するような陳腐な魔女なんかではなく、おっさんの陳腐な想像をはるかに超える、ものすごく面白い、見てるだけで楽しい、さまざまなバリエーションの魔女!魔女!魔女!!!
このアニメの問題点を1つ上げるとすれば、これって、成人男性は楽しめるけど、女性は楽しめるのかな?ってこと。お色気シーンがあるわけじゃないんだけど、どうも、ストーリー骨格が男性的な感じがするんですよね。

 


サイコパス
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脚本が虚淵玄。虚淵玄さんは、魔法少女まどか☆マギカやFate/Zeroなど、ひねった脚本を書くので有名。このアニメも、オトナが楽しめるだけのひねりがあって、退屈させない。
一方で、子供が見ても、話がややこしすぎて、話についていけないかもしれない。あと、お色気シーンはないんだけど、スプラッタなシーンは、子供には刺激が強すぎる。いろんな意味で、大人向けのアニメだろう。

 


コードギアス
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知略を駆使したバトルもので、話がひねくれていて、オトナが楽しめる。
あと、主人公が、いわゆるアンチヒーローであり、目的を達成するためには、手段を選ばない。子供の教育上悪い。が、オトナには、そこが面白い。

 

 

まあ、他にもいろいろあるけど、あとは概ね有名所なので、タイトル名だけ列挙しておおくよー。

 

●時をかける少女

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●シドニアの騎士

●シュタインズ・ゲート

●攻殻機動隊

●エヴァンゲリオン
●千と千尋の神隠し
●風の谷のナウシカ
●天空の城ラピュタ
●魔女の宅急便

追記

■見ようと思っていて、まだ見ていないんだけど、「これ、オトナが見たら、面白いだろう」と思っているアニメ

●心が叫びたがってるんだ

多くの若い人より圧倒的に成長速度の速いおっさんと絶望的に遅いおっさんの違い

 新しい技術が出てきたとき、大多数の若い人よりも圧倒的にスピーディーに使いこなすおっさんは珍しくない。
新技術を習得する能力は、年齢よりも、「スキルを獲得するために必要なスキル」、すなわち「メタスキル」に大きく依存するからだ。

たとえば、ある開発ツールを導入すべきかどうか若い人に相談されたので、「まず、ドキュメントを読もう」と言ったら、「ドキュメントを読んでもよくわからなくて。。」と言う。ググったらすぐに公式サイトの至れり尽くせりのドキュメントが出てきたので、「これ読めばいいじゃん」と言ったら、こんなに大量の英語のドキュメントを読むのは無理だと言う。
あるいは、AIを導入するという話になったとき、「AIがよく分からないので教えて欲しい」と言ってきた若い人に、良質の入門書を勧めたら、数式が分からないので読めないのだという。数式の読み方を教えてみたら、数式以前に、そこで使われている数学概念自体を理解していないことが判明。
新しい設計手法の導入検討のミーティングで、頓珍漢なことを言う若い人に主張の根拠を尋ねたら、そもそもコンピュータサイエンスやソフトウェアエンジニアリングの基礎ができていないことが判明。
えらく業務フローが非効率なので、「業務設計をやりなおして、こことここの部分はコンピュータにやらせて、人間はこういう作業をやるようにすれば?」と言ったら、そもそもコンピュータに何ができて何ができないのかがわかってないから、コンピュータを前提とした業務フロー設計ができないことが判明。

同様のケースは、企画、デザイン、マーケティング、データ分析、マネージメント、ビジネス、経営、いたるところで見られる。

新しい技術、新しい分析手法、新しいビジネス手法、新しい開発手法、新しい経営手法のほとんどは、まるっきりゼロから生まれるなんてことはなく、たいていは巨人の肩の上に生まれる。そして、すでに何十年も掛けて巨人の肩の上によじ登り終わったおっさんは、ほんのちょっと手をのばすだけで、すぐに新技術の果実を掴み取れる。これに対してまだ巨人の肩の上に乗っていない若い人は、そもそも巨人の肩の上によじ登るところから始めなければならない。彼らにとって、新技術は、気の遠くなるような彼方にある。

それに、そもそも「技術はすぐに陳腐化するから、おっさんの知識は古くて使えない」というのは、半分本当だが、半分はウソだ。陳腐化してゴミになる知識もたくさんあるが、陳腐化せずに蓄積していく知識も膨大にあるのだ。「いまからシステム開発を始める若い人は、RDB、オブジェクト指向、デザインパターン、正規表現、並列プログラミングなどという時代遅れの知識を学ぶ必要はない」とはならない。

それどころか、むしろ、既存技術を深く理解して使いこなしている人の方が、新技術をきちんと理解し、うまく使いこなすことは珍しくない。NoSQLが流行りだしたとき、それがはっきり現れた。RDBを十二分に使いこなし、そのメリット・デメリット・限界を知り尽くしている人間の方が、NoSQLの意味を素早くかつ的確に理解したし、効果的に使いこなせていた。RDBの理解が浅い人間の方が、そもそもなぜ、どんなところにNoSQLを導入すべきかを見誤ることが多かった。
ディープラーニングだって同じだろう。既存の技術を十分に使いこなし、その問題点と限界をよく理解している人の方が、なぜ、どんなところにディープラーニングを導入すべきかを的確に理解できるだろう。新技術の本質的意味は、既存技術の限界を超えるところにあるのだから、既存技術の限界ラインが明瞭に見えていない人間には、新技術の意味をきちんと理解するのは難しい。

ただしこれは、何十年にも渡って基礎からしっかり積み重ね続けてきたおっさん限定の話だ。電車の中でゲームをやってるおっさんと、仕事の本を読んでいるおっさんがいるが、彼らが積み重ねてきたものの差異は、目がくらむほどだ。週5日、毎日1.5時間ずつ勉強時間を積み重ねてきた人と、遊び続けてきた人の差は、数十年の時を経ると、超えることが不可能なほどの絶望的な落差になってしまう。単位時間あたりのスキル獲得量の高い仕事を何十年もやり続けてきたおっさんと、たいして身にならないような仕事ばかり数十年やってきたおっさんの差は、それよりもさらにずっと大きくなる。

これが若い人なら、才能とやる気さえあれば、これから時間をかけて巨人の肩の上によじ登ることができるが、積み重ねてこなかったおっさんは、いまからでは、もはや巨人の肩の上によじ登るだけの気力も体力もない。

結局、「若い時代の気力と体力」という、一生に一度きりしか与えられないエネルギー源を推進力にして第二宇宙速度(地球脱出速度)に到達できたかどうかが、分水嶺になる。第一宇宙速度にすら到達できなかったおっさんは、あとは落下していくしかない。しかし、地球の引力を振り切るまで加速したおっさんは、むしろ多くの若者よりも楽に飛びまわれる。

ただし、大学院卒業時点で、すでに極めてレベルの高い英語・数学・コンピュータサイエンスなどの基礎能力を持った若者というのはときどきいる。十分な経験を積んだおっさんが、わずか数年で、そういう若者にあっさり凌駕されるというのもまたよく見る光景だ。

そういうウルトラハイスペックな若者と真正面から殴り合うのは、おっさんとしてはあまり賢い戦略ではない。「いくら基礎能力が高くても、経験を積まない限り、どうにもならない」という分野やポジションはたくさんあって、そういう立ち位置で、彼らと役割分担し、上手に住み分けるのが賢い生存戦略だろう。とくに「高い基礎能力」と「豊富な経験」の両方を併せ持ってはじめて可能になる仕事というのは、「ハイスペックな若者」にも「経験だけしかないおっさん」にもできないため、供給に比べて需要のほうがはるかに大きい。その立ち位置にたてれば、それこそ還暦を過ぎても、かなり自由に飛び回り続けられるのではないかと思う。

そして、このシナリオが崩壊するのは、健康を害した場合だ。だから、仕事よりも健康を優先する戦略は必須だ。健康を害してまで仕事を頑張っても、待ち受けているのは重く暗い下り坂の未来だけだ。
むしろ最後に笑うのは、健康を守るために仕事を捨てなければならないときに、あっさり捨てる決断ができた者たちなのだ。

 

 

 

 

関係ないけど、さきほど驚異的で芸術的な、いぶふぶのラプラスを捕まえて、今、喜びの踊りを踊っている。これで、あちこちでのさばってるカイリューどもを倒しまくれるぜ。こんなことに時間を使っているおっさんの未来は、やっぱ、やばいんだろうか?

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なぜ、ヨッピーさんの記事はタイトルにPRを入れなくても受け入れられてきたのか?

PR無表記の広告記事が邪悪なのは、「広告を記事だと誤認させて、読者の時間とギガを奪う」からです。
しかし、「コンテンツ性の高い広告記事」の場合、普通に「記事コンテンツです」って言っても問題ないくらいにコンテンツ性があるんなら、「記事コンテンツのように見える」ことが、「誤認させていることになる」と言い切れるでしょうか?「記事だと思ってクリックしたら、(広告にもなってるけど)普通に記事として楽しめた」であるなら、それって「誤認」なんでしょうか?

もちろん、その記事広告が「表示位置」を金で買っている場合、だれのどんな記事広告であろうと、必ず「PR」を入れないと、「その記事が、その面白さによってその位置に表示された」と読者に誤認させることになります。

しかし、「ヨッピーさんの広告記事がはてなのホッテントリに上がってくる」というような場合、ここがだんだんグレーになってくる気がするのです。
なぜなら、ヨッピーさんは、はてなに広告料を支払ってその表示位置を買ったわけではないからです。少なくとも、その点については、「誤認」などはさせていません。

ただ、広告であるにも関わらず、記事中で広告である旨が一切わからないように記事にするとしたら、別の意味で「誤認」させているでしょう。広告なのにもかかわらず広告ではないと誤認させているわけです。
しかし、ヨッピーさんの記事の場合、記事を読めば、すぐに広告であるということがわかるようになっています。

私が気になっているのは、ヨッピーさんの広告記事のタイトルにまで「PR」を入れるのは、逆の意味で「誤認」を引き起こしていないかな、という点です。
むしろ広告でない一般記事以上に、コンテンツ性の高い記事なのにもかかわらず、ヨッピーさんをよく知らない多くの人々が、「コンテンツじゃなくて、ただの広告でしょ」と誤認してしまったりしないでしょうか。もしそうだとすれば、本当にそれはフェアだと言えるんだろうか?という疑問がわきます。

ある特定の企業からお金をもらってその企業を取材させてもらってコンテンツ性の高いテレビ番組を作成したら、そのテレビ番組は「広告です」と画面の下に表示し続けなければならないのでしょうか。

「コンテンツ性が3で広告性97」という記事と、「コンテンツ性が80で広告性が20」という記事は、どっちもタイトルに「PR」とつけるのが、フェアなんでしょうか?

もちろん、「ヨッピーさんの記事は面白いから、タイトルにPRを入れなくても許される」などという雑な主張をするつもりは毛頭ありませんが、すべての広告記事を十把一からげにして「全ての広告記事は、記事タイトルにPRが入っていなければ誤認を引き起こす」という主張って、雑だなーと感じてしまうのです。

そして、誤認を引き起こすかどうかは、純粋に「タイトルにPRが入っているかどうか?」という「形式のみ」によって判定するのが正しいのか?ということが論点としてあるかと思います。
たとえば「きみ、美人だね!」と言うのがセクハラかどうかは、純粋にその文言だけでは決まりません。真道幸路朗のような爽やかなイケメンの先輩が言ったらセクハラにならなくても、キモいおっさん上司が言ったらセクハラになったりします。誤認を引き起こすかどうかの判定にも、このような文脈依存性はないのでしょうか?PR表記問題は、純粋に形式のみによって倫理的な判定が可能なのでしょうか?

なぜ、ヨッピーさんの記事はタイトルにPRを入れなくても今まで受け入れられてきたのか?というと、人々の倫理的判断が、「記事タイトルにPR表記があるかどうか?」という「純粋な形式」だけでは決まらないからではないでしょうか?

もちろん、法律で「広告記事では、タイトルにPR表記がなければならない」と決まっているなら、それは「形式のみ」で決まってくる可能性はあると思います。しかし、法的な是非ではなく、倫理的な是非を問うのであれば、「形式のみで正邪の判定はできる」という主張は、どうも粗雑な感じがするのです。

もうちょっと何か、しっくりくる落とし所はないものなのでしょうか。

2倍成人式(40歳):年相応の大人になれたかどうかのチェックリスト

10歳の子どもたちの「2分の1成人式」の話に触発され、
『じゃあ、40歳の大人がちゃんと成熟した大人になれたかどうかの
「2倍成人式」があってもいいのではないか』と思い、
自戒を込めて「40歳ならこのぐらいはできてもいいんじゃないか」というチェックリストを作ってみました。


●人の育成
・子供であれ、友人であれ、後輩であれ、部下であれ、同僚であれ、あなたは今までどれだけの人が健やかに育てるように支援してきましたか?


●動機づけ
・あなたは、子供であれ、友人であれ、後輩であれ、部下であれ、同僚であれ、それぞれのやり方で動機づけ、気持ちよく物事に取り組めるようにしてきましたか?


●人の発掘
・あなたは、今までにどれだけの人の可能性を見つけ出し、引き出し、それぞれの適性に応じたミッションと待遇が得られるようにサポートしてきましたか?


●傾聴
・あなたは、子供であれ、友人であれ、後輩であれ、部下であれ、同僚であれ、一人ひとりの言うことに丁寧に耳を傾け、その気持と意図をしっかり汲み取って行動できていますか?


●落とし所
・あなたは、議論のための議論ではなく、ちゃんとみなを幸せにする落とし所に、効率よくたどり着けるように、人々をサポートできていますか?


●紹介
・あなたは、それを必要としている人に、適切な人を適切に紹介することができていますか?


●委任
・あなたは、適切な仕事や役割を、適切な人に委任することができていますか?


●落とし穴回避
・あなたは、あなたの子供・友人・知人・後輩・同僚・部下たちが、落とし穴に落ちないように、先回りして落とし穴を洗い出し、誰もそこに落ちることがないように、十分な対策を施していますか?


●ビジョン
・あなたは、人々が納得感を持って働けるような思想・価値観・ビジョンを作り上げ、人々に示すことができていますか?


●多様性
・あなたは多様な価値観、性別、年齢、文化、言語、国籍、宗教、職種の人と、互いに理解しあい、協力してものごとをすすめることができていますか?


●スペシャリティ
・あなたは、「これに関しては、私に任せてくれ」と自信を持って言える得意分野・専門分野を確立していますか?


●居場所
・あなたは、家庭であれ、地域であれ、職場であれ、自分の属するコミュニティや組織で、それぞれしっかりした自分の居場所を見つけられていますか?


●ロールモデル
・あなたは人々に、「こういう生き方もありなんだ」と思えるようなロールモデルを提示できていますか?


●自己受容
・あなたは、自分の過去と、現在と、 予想される未来の可能性を、受け入れることができていますか?

 

 

【追記】


 


●感謝
・無事に40歳になれたことを、あなたを育ててくれた親、先輩、同僚、後輩、配偶者、子どもたちに感謝していますか?


●感情
・自分及び他者の、怒り、嫌悪、憎しみ、嫉妬、落胆、不安などの感情に脊髄反射的に反応するのではなく、かといって感情を無視するのでもなく、先々のことまで考え抜いて、賢明で包容力のある行動ができていますか?

 

 

■その他

特に仕事に限った話ではないので、仕事以外のことも明示的にカバーするように表現を修正。それと、おこがましい表現を改めた。